へうげて、はたらく
作務のために着る衣
へうげて、
はたらく。
京都・上京区の興聖寺(こうしょうじ)は、千利休の弟子でもある大名茶人・古田織部(ふるた おりべ)ゆかりの寺として、「織部寺(おりべでら)」とも呼ばれてきました。おどけ、ゆがみ、遊び心。織部が好んだその美意識は「へうげ(ひょうげ)」と呼ばれています。作務衣はもともと、僧が掃除や薪割りといった日々の作務のために着る衣です。そのかたちに、SOU・SOUのテキスタイルで、ひと杓(しゃく)のへうげを。※興聖寺は通常は非公開寺院です。秋の特別公開など、限られた機会に拝観いただけます。
動くことも、
修行のうち。
「動中(どうちゅう)の工夫は、静中(じょうちゅう)に勝ること百千億倍」。臨済宗中興の祖・白隠禅師(はくいんぜんじ)はそう説きました。静かに坐って得たものを、動きのなかで生かす。掃き、拭き、運ぶことも、禅寺では修行のひとつです。作務衣のかたちは、その日々のなかで整えられてきました。※白隠禅師(1686〜1769):江戸時代中期の臨済宗の僧。衰えていた臨済宗を立て直し「中興の祖」と呼ばれる。
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手柄作務衣
₩152,000
剣の柄(たかみ)を持つ姿から着想を得たSOU・SOUオリジナル作務衣。桃山時代に流行した左右でパーツを切り替える“片身替わり”仕様。坂尾織物謹製の高島縮生地を使用し、特有のシボによる心地よい肌触りとほどよい厚み。季節を問わず着用いただける一着です。
色の衣に入る
お寺離れがさらに加速していっているような時代です。お寺は小難しい言い方をするなら自己を見つめて真理を追求する場というのでしょうか。もっと今の人にわかりやすく表現するなら、自らの“かっこ良さ”を追い求める場といえるのではないでしょうか。
本当のかっこ良さって何なんでしょうか?私はこのように思います。
つまり、本当の“かっこ良さ”とは自分の身の周りにある形とか色とかをただ身につけたり、身のまわりに持っていたりするだけではなく、その形とか色とかそのものに自分が入り込んでいくような感覚(センス)が何より大事だと思うのです。
例えば、私は色そのものに自分がなってしまうような感覚を「色トンネルに入る」というような表現をしたりします。本当にかっこ良い人とは自分の感覚を磨き上げ続ける人だと思うんです。そして、その磨き上げの場が「お寺」だと思うのです。あなたにとって大切な瞬間にこの作務衣を着ていただいて最高のキラキラ光ったあなた自身を感じとっていただければ、うれしく思います。
臨済宗興聖寺住職
望月宏済もちづき こうさい
- • 2008年 大徳寺僧堂(専門道場)に入門し、約7年間修行。
- • 2015年 臨済宗興聖寺の住職に就任。
Textile design /織部
千利休の弟子であった大名茶人・古田織部の指導で創始された。
織部好みの奇抜で斬新な形、文様の茶器が大量につくられた。
渋いものが好まれる日本の陶器としては珍しく大胆なものでその印象は強烈。
傾き者、古田織部にふさわしい面白さがある。(脇阪克二)
京都 興聖寺(織部寺)
ふだんは門を閉ざす、興聖寺。慶長八年(1603)、古田織部が参禅の師・虚応円耳(きいんえんに)を開山に迎えて建てた寺院です。織部の戒名にちなむ茶室「雲了庵(うんりょうあん)」の前には、深さおよそ二メートルの降り蹲居(つくばい)。織部堂には、織部の曾孫がつくらせた木像が祀られています。
のちに織部は、徳川幕府から謀反の疑いをかけられ、息子たちとともに自刃します。夫と子を一度に失った正室・仙(せん)は、この寺の山内に寺を建て、家族の菩提を弔いながら余生を送りました。
境内にはいまも、織部と五人の息子の墓、そして仙の石塔が並んでいます。
2026秋の特別公開
期間:2026/11/14(土)-12/13(日)
時間:10:00~16:00(受付終了)16:30閉門
茶道織部流の祖でもある大名茶人・古田織部との関わりから「織部寺」とも呼ばれる非公開寺院。本堂前や方丈庭園の美しい紅葉の特別公開が行われます。特別公開期間中は織部寺×SOU・SOUの作務衣を販売しております。
- 住所
- :上京区堀川通寺之内上ル二丁目上天神町647
- MAP
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